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​エピソード22 darkend of the street part3

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みなさん、ご無沙汰いたしましたが、お元気ですか?今回、更新が大幅に遅れてしまったのは、
このエピソードをご紹介したことによって私がウラ組織から拉致されていた訳ではありません。
単に私がサボっていただけです。お許しを!
これまでの経過をお忘れの方々の為に、前回までのあらすじをお教えしましょう。
って、誌面の都合上不可能ですので、ご面倒ですがもういちど最初からお読み直しください。

地下への階段を我々はソロリと降り始めた。コンクリート打ちっ放しの味も素っ気もない階段である。
しかしこれがA藤T雄デザインだといきなりアートになったりするから世間はわからない。
建築より先に自分の髪型をデザインし直せよ!とは明らかに言い過ぎである。

地中深くからマグマの胎動のように響いてくる重低音に我々は怖気づきそうになる。
なんとか地下に降り立った我々を出迎えたのは、フラッシュライト煌き轟音を上げるゲーム機に腰掛けて
虚ろな視線を空中に彷徨わせた一人の小太りの若者だった。
春もまだ浅いというのに彼の機動戦士ガンダムTシャツは汗だくで
上気した体からは湯気まで上がっている。なにをしとったんや?
とにかく眼差しが虚ろである。”うつろなあなた”である。”You’re So Vain”である。
カーリーちゃんたら胸ポッチンである。そんなこたぁ、どうでもいいのである。
歌の対象と言われたJ.Tもいまや頭髪がうつろなあなたである。これも言い過ぎである。
若者は我々の来訪に気づいて一瞬視線をこちらに向けたが、小さく舌打ちした後元の状態に戻った。
瞬間、私の後方に立っていた金森幸介が近づき、震える声を漏らした。
「お、おとうちゃん、こわい!」
いつから俺の子どもになったんやっちゅうねん。あんたも充分おとうちゃんの歳やっちゅうねん。
しかし私も同感だ。確かにこの空間には恐怖心を憶える。
ココロの奥底をザワつかせるアンビエントである。
とにかくこのとてつもなく広大な地下フロア全体がジットリと湿気を帯びている。
左手にはカラオケ・ボックスの受付。その奥にハチの巣のようにボックスが連なっている。
その裏側には延々とスロットマシンの類が続き、反対側にはダンス、ギター、ドラムなどの
シュミレーション・ゲームが並んでいるのだが、個別に機能しているというより、この巨大な魔界を
演出する舞台装置のように感じるのだ。はっきり言って怖い。
その中の一台のダンス・ゲームに一人で興じるこれまた肥満体の青年。
パラパラ・ダンスというよりは、超高速なツイスター・ゲームのようである。しかもアローン....

床は全館安物の赤いパンチカーペットが貼られているが、
踏みしめる感触が縁日のオバケ屋敷のようにブヨンブヨンで不安感を募らせる。
さらに奥に歩を進めると、通路沿いにレジがあり、これまた魂を抜かれたような店員が一人。
黒ぶちメガネに白シャツ、黒ズボンの社会の窓は全開だ。心ここにあらずだが直立不動の姿勢である。
喜び隊のマスゲームのような引きつった笑顔を見せている。そして我々をずっと凝視し続けるのである。
とりあえずこちらも笑い返してはみたが、笑いあえば笑いあうほど僕たちは離れていく、そんな気がした。

その右側は一段と照明が抑えられて更に怪しい空間を演出している。ひっそりとビリヤード台が約8台。
台上の羅紗は擦り切れ放題。埃が積もっている。
反対側がここのハイライト。古本コーナーである。
売り場面積ではどんな大書店にも引けを取らない。在庫冊数も膨大である。
しかしその陳列方法がスゴイ。乱雑なんていう生半可なもんじゃない。
荷造りヒモが掛けられたまま、おっぽり出された塊がゴロンゴロンしている。
何十年も前の道路地図や住宅地図なんてのも平気で棚を飾っている。需要あんのかな?
昭和54年度のゴルフ場ガイドがはたして役に立つのだろうか?
天井や壁を縦横無尽に這いまわる明らかに素人仕事の配管。サティアン系である。
通路のそこここに濁った水の溜まった大きなバケツが置かれている。雨漏りなのだ。
もう一度確認しておくが、ここは営業中の店舗なのだ。だけど水漏れコースケby石立鉄男
地下なのに雨漏り?ホンマに雨水?深く考えたくない。じっさい水が天井からポタリと背中に...
つ~めて~なアアアンつ~めて~なアアアン...俺らはドリフか!

しかし一番の困りものは、空間を支配する異臭である。筆舌に尽くしがたいとはまさにこのことである。
形容する言葉が見当たらない。とにかく”くっちゃ~い!”のである。
よく書店に行くと便意をもよおすと言う方がいらっしゃるが、
ここに限ってはコンニチハしたウンチも頭を引っ込めて叫ぶに違いない。「ここに置き去りにしないで~!」
あちこちの棚の上にトイレ消臭剤のボトルが置かれているところを見ると
店側の企業努力も感じられるのだが「焼け石に水」とはまったくこのことである。

以前の記憶よりも更にスサマジさを増した有様に我々は声を無くしっぱなしだ。
「こ、こわいよ~ん。もう帰ろうよん... 」金森幸介が「よ~ん語」を口走りだすと危険である。
脱出を試みようとレジまで引き返すと、さきほどの引きつり笑顔の店員はまだ我々をじっと見ていた。
レジのガラス陳列の中に、なんと各種カップ麺。カウンターには湯沸しポット。
ここで食事をさせる気かい~!この保健所治外法権のクサクサ空間で!
レジの横に出口がある。そのまま平面移動で駐車場に出られるようだが、これまた奇っ怪な!
我々は確かに地上駐車場のある1階フロアから階段を降りてここに来た。
しかし、この出口はそのまま地上駐車場に続いているのだ。エッシャーのだまし絵のようだ。
...これはもう海洋地形学の物語である。幸介&hiro最大の危機である。
我々はもはやこわれものである。
迷宮のラビリンスである。煩悩のアフロディーテである。ウィンチェスターの館である。
マンチェスターとリバプールである、ピンキーとフェラスである。もうなにがなんだか...

ようやっとのことで娑婆の空気を吸うことが出来た我々。タバコを一服しながら
世界の中心から遠く外れた片隅で叫んだ。「お、おとうちゃん、こわかったよ~ん!」
隣接する建物はハンバーガー・ショップのMだった。スマイル0円である。
いつもは行かないタイプの店だが、あの夜、あの瞬間、我々には”メジャー感”が必要だった。
”浮世感”が恋しかった。日本全国津々浦々どこでも瞬時に”安心空気感”を供給してくれる
フランチャイズは、ああ言う場合だけは頼もしい。今まさにヤコペッティの残酷大陸から生還した我々は
嬉々として入店した。

レジでバリューセットをオーダーしてトレイを持ちつつ席に着いた。
ハンバーガーの包み紙を剥がしながら浮かない顔の金森幸介が耳打ちした。「お、おとうちゃん...」
だから、50過ぎのおっさんの息子を持った憶えはないっちゅうの!
「やっぱ、ここもこわい...なんか照明暗いし...だよ~ん!」
いちいち「よ~ん」は付けんでもよろしい。
しかし辺りを見回して驚いた。確かに普段慣れ親しんだMとはどこか違う。全体的に店内が薄暗い。
蛍光灯など切れかけてパチパチしてるのもあるし、床だって黒ずんでいる。
こういうフランチャイズ店は本部から頻繁に検査官がやってきてダメ出しをする。
飲食店は特別クリーンにキビシイはずだ。それがこのテータラク。
「ほ、ほんまにMか....?」「真っ黒ナルドやったりして...」
冗談は言ったが、もう一度確認する勇気はないまま、我々は店を出た。

車を駐車場から出し、全速力で遠ざかった。バックミラーに映る件の建物が小さくなる。
星空が広がるしじまにその上空だけが暗雲垂れ込めているのだ。我々は確信した。
邪悪な意志が拡散しているのだと。隣接するMハンバーガーは既にダークフォースに取り込まれている。
そう、暗黒の意志は不幸の手紙やチェーンメールのように、断ち切る勇気が介入しない限り伝染し続ける。
店が発するウィルスはやがてお客にも蔓延し、世にも恐ろしい空間を作り上げるのだ。
最近関西にも急速に進出してきたディスカウント・ショップDがいい例である。
以前金森幸介と訪れた経験があるが、我々はここでもひどい閉塞感に襲われた。
お客の顔がみんな恐ろしいのだ。買い物に必死で、すれ違いざま体が当っても会釈さえしない。
ほんとに安いのか?いやさ、安ければいいのか?お客はみんな思う壺。価値観の囚われ者だ。
「今地震が起きてここで死ぬのだけは絶対にイヤだよ~ん!」である。

これを読んで読者のみなさんは眉にツバを塗るだろう。映画”ビッグ・フィッシュ”のダディーのように
虚言ホラ話の類だと鼻でお笑いかも知れない。でもこれだけは知ってほしい。
あの恐怖の館は我々の心のどこかに必ずや潜んでいるのだと。

今思えば三宮駅前ビルの地下生鮮市場は”アンニュイ”という形容で事足りる。
あの物件こそが本物の”デカダンス”である。
しっか~し!我々はどうしようもないアホである。命知らずである。それから数ヶ月を経て
我々は再び引き寄せられてしまったのである....to be continue

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