エピソード53 ドーナツ盤に恋をして
仲間内でワイノワイノやってる席などで「生まれて初めて手に入れたレコードはなに?」
なんていう話題が出ることがあります。
現在ではもちろん「初めて買ったCD盤」になるのでしょうが、
我々の年代はまっちがいなくレコード盤、それも45RPMのドーナツ盤であります。
私はこの話題が出るたびに、コソコソと宴席の隅っこに縮こまることになります。
「生まれて初めて手に入れたレコード」とはすなわち、音楽好きにとっては
まさに「人生の目的への黎明期のモノリス」なのであります。
その後の輝かしい音楽人生への序章にドーパミンを分泌させ、
壮絶なロックンロール戦場への参戦にアドレナリンを放出させ、
切ないラブバラード世界への予感に
カウパー氏腺液なんかもちょこっと漏れたりするのであります。
色んな汁を全身から噴出しながら初めてのレコードを胸に抱きしめて
少年はもう引き返せない音楽の道を恐る恐る歩み始めるのであります。
それ相応の盤でなければカッコがつかないというものです。
私が始めてレコード盤を手に入れたのは、小学校5年生くらいだったと思う。
父親がポータブル・プレイヤーを買ってきたのである。
ステレオではなく、いわゆる電蓄である。日本コロムビア製である。
父親は我々三兄弟に一枚づつレコードを買ってくれると言う。
我々は晩ご飯がすき焼の日の磯野家のように「ワ~イ!ワ~イ!レコードだ~い!」
と狂喜乱舞した。
日曜日、今はもう閉店してしまった心斎橋のミヤコ楽器店に一家で出かけた。
高校生だった姉は吉永小百合が橋幸夫とデュエットした「いつでも夢を」や「寒い朝」などの
楽曲が入ったLP盤を選んだ。当時の女子高生としては平均的なチョイスと言えるだろう。
中学生だった兄は「真珠の小瓶」「ムーンライト・セレナーデ」「イン・ザ・ムード」
「アメリカン・パトロール」の入ったグレン・ミラー楽団のコンパクト盤を買ってもらった。
丸刈りの中坊にしてなんちゅう老枯した選択であろう。でもまあ、恥じるほどではない。
そして私である。わたしはたわしはたわしはわたしはゴ~シゴ~シゴ~シ...
「旧友」「錨を上げて」のカップリングされたドーナツ盤であった。
マーチである。行進曲である。軍歌である。演奏は海上自衛隊吹奏楽団ときたもんだ。
ジャケットは大海原をいく巡洋艦の甲板で敬礼をするセーラーたちの凛々しい姿...
どうだ。参ったか!俺が参るわ。トホホのホ~。
小学5年生の私はなにを考えておったのでしょう。何処の地平を見ていたのでしょう。
愛読書が三島由紀夫と寺山修司とくるともうグーの音も出ません。
そこで我らが金森幸介に同じ質問をぶつけてみました。
瞬時に返ってきた答が「”恋はスバヤク” ガス・バッカスやがな」でありました。
Oh!天晴れのシックスティーズ・ポップス!
なんせ「スバヤク」であります。見事な片仮名使いであります。谷岡ヤスジみたいです。
「ガス・バッカス」であります。早口言葉のようであります。バスガスバクハツ...
さすがポップスに生まれポップスに生きる男。幼少の頃からモノが違うのであります。
第一チ...いやカウパーさん液から濃~~いのでありました。
でも実際に彼が始めて買ったのはダイナマイト・ボディ、青山ミチ嬢による
カバー・バージョンだったのではないかと私は密かに睨んでいるのであります。